| 10年8月23日 |
| 9月号のお知らせ |
| 10年7月27日 |
| 後半戦突入 |
| 10年7月22日 |
| 8月号の表紙選手は |
| 10年7月5日 |
| 『2010阪神タイガース写真集』発売 |
| 10年6月29日 |
| 横山投手が一軍初登板 |
| 10年6月19日 |
| お知らせいろいろ |
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| 今月の取材にて |
| 10年4月28日 |
| 5月号のお知らせ |
| 10年4月21日 |
| 偉大な自チームの先輩に続け、若トラたち!! |
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金本知憲選手の2000本安打という偉業が達成された4月12日の横浜スタジアム。土曜日のデーゲームということもあって、スタンドは阪神ファンが6割、横浜ファンが4割といった具合。その3万人近い観客が、大記録の証人となりました。当然、この日の晩のスポーツニュースや翌日のスポーツ紙は、この話題一色に。 5月号、金本選手へのインタビューでも少し触れていますが、この4月12日の試合は、今年1月21日に亡くなられた加藤博一さんの追悼試合でもありました。試合前には両軍がベンチ前に整列しての追悼セレモニー。2000本安打のインパクトが強すぎて、特に関西方面ではあまり大きく報じられることがありませんでしたが、心に残るセレモニーだったので、少し紹介したいと思います。 阪神タイガースが日本一になった1985年。前年リーグ最下位に終わっていた大洋ホエールズは、近藤貞雄新監督の下、一番・高木豊選手(遊撃)、二番・加藤博一選手(左翼)、三番・屋鋪要選手(中堅)という、機動力を重視した打線を定着させます。この年、合わせて148盗塁(42+48+58)という数字を残したこの3選手は「スーパーカートリオ」と名付けられ、当時下位を低迷していた大洋の中にあって、カッコよく光り輝く存在でした。 感動のうちにセレモニーは終了し、横浜-阪神5回戦がプレーボール。一回裏、横浜の先頭打者・石井琢朗選手の打席では、ライトスタンドから、蒲田行進曲が流れます。石井選手が自ら一打席だけ応援団にお願いしたという、加藤さんの応援歌。石井選手はその応援に応え、センター前ヒットを加藤さんに捧げました。 以前、加藤さんが阪神タイガースのOBとして、泊りがけで少年野球教室のため地方へ赴いた帰り。高速道路のサービスエリアで、「みんなで食べてみようよ」と、ご一緒させていただいたスタッフに「塩味ソフト」なるものをごちそうしていただいたことが、個人的には強く印象に残っています。とても気さくな上に、細やかな気配りができる方でした。今回、はからずも金本選手の2000本安打のおかげで、このセレモニーに立ち会うことができました。 |