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第十八回 「主砲の予期せぬアクシデント 忍び寄る低迷期の影」 [08.2月号掲載]
日本一になった。周囲のタイガースを見る目が変わった。チームの雰囲気も違う。勝負の世界だ。当然のことながら勝つことがいかに大事かを痛感した。私なんかにも、昨年までにまして期待度が大きく膨らんでいる野が伝わってきた。翌年のキャンプ。各評論家諸氏の評価も変わった。ペナントレースの順位予想は優勝候補に。バース-掛布-岡田の強力なクリーンアップは健在。真弓も元気だ。優勝の原動力となった打線に揺るぎはない。注目度が高くなって当たり前だが、お陰様?で取材の依頼が多いこと。この難問、ランチタイムにまでインタビューを入れてクリアした。広報担当五年目。こんな忙しい思いをしたキャンプは初めてだったが、振り返ってみるとこの年が、あの長〜いトンネル(低迷期)に入る入り口だったような気がする。
目指すは連覇。戦力は十分。大きな期待を背負って開幕。いきなり四連敗スタート。まだ傷は浅い。正直そう思っていたが、予期せぬアクシデントが襲った。四月二十日。ナゴヤ球場、対中日三回戦。六回の攻撃時だった。チームの柱・掛布が左手首に死球を受けた。かなり痛がっている。不吉な予感がした。即、名古屋市内の病院へ。レントゲン検査を行った結果『左大菱形骨骨折』。最悪の診断が下された。戦列離脱。優勝する条件の一つに『主力が揃った固定メンバーで、いかに数多くのゲームをこなせるか』がある。四番バッターのリタイア。それも開幕して十三試合目。前日、この日とホームランを放って上昇ムードだった。いちばん大きなダメージを受けたのは掛布本人だが、チームにとっても大ダゲキ。さらに、右肩関節挫傷、左第一中手骨(親指)剥離骨折と中心打者が一シーズン三度も戦列を離れてはどうしようもない。結局は勝率五割の三位でペナントレース終了。悔いの残る、消化不良の一年だった。
掛布が心配だ。検査結果が出た直後の表情。今でもはっきり覚えている。気の毒で見ていられなかった。目の焦点は合っていない。まさに放心状態。そこには“勝負師・掛布”の姿はない。猿木チーフトレーナーと診察に同行したが、返事は上の空。同トレーナーの『この際、治療に専念するしかないぜ』に『ハァ』。一応返事はしているものの、気持ちはどこかへ。頭の中が真っ白というより、色々なことがかけめぐっていたのだろう。ショックを受けた中で、大きなウエートを占めていたのは連続試合出場が途切れたこと。六百六十三試合でストップ。これまで腰痛に耐えてきた。左手首のガングリオン、そして体中にできた湿疹。ちょっと物が痛みが走り、ドクターストップがかかっているにもかかわらず、包帯で体をグルグル巻きにして出場した。この記録へのこだわりはかなり強かった。気持ちの張りにポッカリ穴が空いた。掛布の野球人生が危ない。そして、タイガースの今後は・・・。
私の五年間を振り返ってみる。現場付きフロントマンとして、常にチームと同行してきた。自主トレに始まり
、キャンプ、オープン戦、そして公式戦を迎える。試合前の練習ではグラウンドで、ゲームが始まればベンチで選手たちと一緒になって戦う。勝てば喜び、負ければ悔しがる。ユニホーム組と同じレベルで一喜一憂して北が、何か物足りない。その“何か”がよくわからない。答えを出すまでに一シーズンを要した。結論は『ゲームの動きには全くタッチできない』だった。原因究明で納得はしたが、こんな、ごく当たり前のことで悩んでいたかと思うと情けなかった。要するに、いくら私がプロ野球経験者で、タイガースのOBであっても、監督がいて、各担当コーチがいる。この世界だけではない。どこの社会でも同じだ。越権行為は絶対許されない。好きな野球だ。試合の現場にいるだけで幸せ。広報活動以外に現場フロントマンとしての心得を学んだ。
1987年1月一日付け。阪神タイガース営業部次長・ファンサービス担当に任命された。仕事の内容はよくわからない。ならばこの一年は、自分で勝手に“骨休めの年”と決め込んだ。何にしろ、前年度まで休みといっても、正月休みを含めて年間十日前後しかなかった。若いころ鍛えた体は頑丈とはいえ、過酷な勤務に少々バテ気味。神様が与えてくれたいい休養期間だと思った。我が家の奥方も心の底から『本当、電話が鳴らなくなって静かになった』と大喜び。当時は携帯電話は無い。私と連絡をとるためには家へ電話するしかない。外出していて家へ帰ると必ず三、四件の電話がはいっていた。こんな状況から解放されると思ったら、糠喜びに終わった。
営業部員として、仕事でキャンプ地に行った。広報時代に比べのんびりしたもの。こんな余裕を持って練習を見るのは初めてだったが、世の中、どうしてこんなに思うようにならないものなのか。骨休めどころか、会社から毎日電話がかかる。電話の主は私と二人しかいないファンサービス担当の安藤薫嬢。彼女は仕事はできるし、数年同じ仕事をしている。完全に任せるつもりでいたのに連日の問い合わせ。理由を聞いてよくわかったが、楽して給料はいただけないということだろう。チームは球団創設以来最低の勝率で最下位。『現場にいなくてよかった』とまるで他人事のように思ったりもしたが、この年のペナントレース、あれだけ監督とマスコミの間に溝ができてしまっては、選手が可哀想。スポーツ紙の紙面を見ていたら野球どころではなかったはずだ。最悪の年だったタイガースだが、前の年に起きた米スペースシャトル『チャレンジャー』の爆発事故。ソ連(現ロシア)のチェルノブイリ原発の放射能汚染。両大国の事故に比べたら小さい、小さい。吉田監督から村山監督へバトンタッチされた。 |
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