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第十九回 「ままならぬチーム再建 激動の1988年」 [08.3月号掲載]

 『ドーム元年』の1988年は、日本初の屋根付き球場『東京ドーム』が完成した。読売ジャイアンツと日本ハムファイターズが本拠地として使用。プロ野球界に新風を吹き込んだ年。阪神タイガースも、二代目ミスター・村山実監督(故人)を迎えて、気分一新。チーム再建を目指してスタートした。掛布はいる。バース、岡田、真弓もいる。彼らが健在である限り戦力は十分。そして、この年は三月十三日に本州と北海道を結ぶ『青函トンネル』が開通した。四月十日には四国との架橋『瀬戸大橋』も開通している。OBの私としては、両交通機関の開通にあやかって、なんとか、風通しのいい、すっきりしたチーム作りをしてくれることを願望。この願いさえ叶えば三年前の再現につながる。大いに期待したが、待ち受けていたのは厄介な問題だった。
 公式戦は進んで行く。首脳陣と選手間に摩擦が起り出した。時々ある。何故かというと、百八十度違う立場から出るケースが多い。試合では起用する方と、される側。練習でもやらせる方と、やらされる側。思いが食い違って当然。主張もおのずと逆の意見のやり取りになりがち。互いにプライドは高い。対立する環境は常にそこにある。ただ、野球は団体競技。チームワークの順守は絶対。チーム内では子供の頃から、相手の気持ちになってのプレーを教育されている。普段はそう簡単に気持ちが切れたりすることはないが、何故か、不思議とチームの成績が下降気味になると頭を持ち上げてくる。報道陣が色めき立つ。双方と取材。その時の感情丸出しの談話が表面に出る。対立は目に見えている。マスコミの思う壷。広報担当としては一番収拾しにくいケース。当時の広報といえば南信男現球団社長。気持ちの休まる日はなかったことだろう。バース問題。監督と掛布の確執。岡崎義人球団社長(故人)の辞任。田宮謙次郎ヘッドコーチの解任。古谷真吾球団代表の死。これだけ問題が山積された年は珍しい。私、業務担当でホッとしたもののチームが…。複雑な心境だった。
 戦力が音をたてて崩れだした。稀に見る大幅戦力ダウン。遠巻きに状況を見るにつれ、再建どころか、風通しのいいチーム作りに逆行している。心配していた事が目の前に。バース問題である。今だったらあんなに大きなニュースにはなっていない。最近の外国人。肉親に何か起こった場合必ず帰国している。一時帰国はもう当たり前。今なら理解できる時代になっているが、当時はまだまだ頭の堅いままの人がたくさんいた。育ってきた環境が違う。日米間の考え方の差がもたらした出来事だった。長男ザクリー君の病気(水痘症)発覚が発端。R・バース家はアメリカでの治療を選んだ。本人は帰国を申し出てくる。彼らにしてみればごく当たり前の行動。この決断が大問題に発展してしまった。仕事最優先、親の死に目にも会えず、精神的なショックを撥ね除けて仕事を全うする事が、本当の供養になり、ヒーロー的な扱いを受ける日本文化に対し、アメリカは家庭第一主義。実施の病気治療に立ち合えないような夫は、立派な離婚問題になるお国柄。戦力ダウン必死のチーム側と自分の立場が全く無くなるバース。振り返ってみると、善し悪しを付けるのは無理。十年ひと昔というが、何にしろ二十年も前の出来事。ふた昔前を思い出してください。
 やはりバースは帰国した。球界のスター掛布もこの年でユニホームを脱いだ。三十三歳の若さ。いま一度あの雄姿を見たかったが叶わぬ事態となった。三番、四番がいない戦力。家の大黒柱が折れたも同然。両選手合わせると百本塁打、二百打点がなくなる。ただそれだけではない。存在感からくる相手に与えるプレッシャーは半減する。負けが混んでくる。飛び火はフロントに引火した。岡崎社長が責任をとって辞任。かわって電鉄本社副社長・三掛道夫氏が球団社長に就任した。本社役員を迎えて、チームの立て直しを計ったが、古谷代表が宿泊先で自ら命を断った。難問が山積みしていたのだろう。行き詰っての行動だろう。遺書はなく原因究明にはいたらなかったが、当日、私は業務で東京へ出張していた。チームと同宿、宿泊先の騒然とした雰囲気はいまでもはっきり覚えている。
 七月十九日。私の仕事は前日終っていた。ゆっくり目の朝食をとりにレストランへ降りて行くと、杉田トレーナーから「古谷代表がなくなったらしいですよ」と聞かされた。まさか……。ジョークだと思い「ウッソー」と話を聞き流していると「本間さん、ホンマですから。嘘だと思ったら二階へ上ってみてください。今、監督達が打ち合わせをしていますから」普段滅多に見せた事のない真面目な顔で訴えている。階段で二階へ上ってみた。村山監督、野田マネジャー、南広報の三氏が真剣な顔で話し合っていた。瞬間、雰囲気で「大変な事が起きたんや」と察した。気持ちを引き締めて椅子に腰をおろした。
 その場で監督といろいろ話しをした。率直な意見を聞かせていただいた。先輩に対して失礼かと思いながら、同じユニホームを着て一緒にプレーした間柄だ。一昨年まで広報担当を経験してきて、こうした問題の成り行きは監督談話が大きく左右するのはわかっている。ペナントレースのど真ん中だ。まだ先は長い。チームが空中分解したら大変だ。私なりに忌憚ない意見を言わせてもらった。何事にものめり込むタイプの人だ。監督の体調を心配したが、調子を悪化させたのはチームの方だった。創設以来初の連続最下位。厳しい戦力に落ち込んだタイガースの今後は……。この年、南海ホークスがダイエーに。阪急ブレーブスがオリックスに身売りした。球界そのものが荒模様だったが、本間業務担当も初の体験となる日程会議と格闘。苦手の複雑な仕事にグッタリ。
 

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