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第二十回 「超複雑−知られざる日程作成の裏側」 [08.4月号掲載]

 業務担当を任命された。フロント入りして七年目。自分で勝手に『球界の内情はほぼ掌握』と思い込んでいた。とんでもなかった。大きな間違いだった。こんなに複雑な仕事があったとは・・・。ペナントレースの日程作成である。意外に興味を持っている人は多いが、実態は知らないだろう。そこで今回は、自分自身が大いに悩んだ『日程会議』を重点に振り返ってみる。
 『巨人有利』よく噂される。そんな悠長な会議ではない。セリーグ六球団の営業担当が出席。連盟が作成した日程を叩き台に厳しい論議をかわす。各チーム二人で出席。意見交換しながら仕事を進めていく。何故だろう。我が社の担当者は私一人。初めての体験。心得といえば、『一クールが他五チームとホーム、ビジターで一開催ずつ対戦する。この方法で五クールの日程を組む』という基本的な事だけ。気持ちにゆとりはない。不安でいっぱいだ。弱気になったら仕事は優位に進められない。弱音を吐けないだけに辛い。
 順序を追って説明してみる。まずは本拠地の球場事情と、決まっている地方試合の日にちを連盟に提出する。球場事情とは−。例えば甲子園球場。皆さんよくご存知の春、夏の高校野球開催中は使用できない。大会前の練習日、最終日後雨予想の予備日を含めると結構な期間になる。これが『死のロード』と言われる由来。他球団も同様の事情はある。特に県、市営球場をホームグラウンドにするチームは社会人、大学、高校野球の他、県民、市民が使用する権利がある。要するにアマチュアの予定が先に決まる。だから、その日にカードが入ればスムーズに組める日程が、使用できないことから悩まざるを得ない。こういうケースが結構ある。この球場事情と地方ゲームを基に叩き台が作成される。
 当然各チームに思惑はある。親会社の広告塔だったのは昔の話。今や、いち企業。観客動員にはかなり力を入れている。お客さんを球場に呼べる日といえば、ゴールデンウィーク。お盆興行。連休。週末だ。すこしでも多くの主催ゲームを入れたいところだが、六球場の事情を簡単に潜り抜けることはできない。わかってはいるが、一応努力してみたいのが人間の心情。稀にうまくいく時があっても、その気になると厳しい反動がくる。調子に乗ってカードを動かそうものなら、なぜか自チームの日程が悪くなっていく。あわてて修正しようとしても後の祭り。
 日程作成の過程は経験者でないとわからない。理解できる人は少なく、移動の行程が悪いとクレームがつく。仮に甲子園−札幌−広島と地方試合をはさんだ日程が組まれる。首脳陣は選手の肉体的な疲れを心配する。確かに新幹線、飛行機など乗り物は結構疲れる。担当者としてもクレームをつけたいが、札幌の前後にきちっと移動日が設けてあれば無理な移動とはいえない。文句は言えないし、選手に疲れが出ない事を祈るだけ。ユニホーム組、本拠地を通過する移動もいやがる。本当、気い使いました。
 日程会議に、はっきり決まったルールはない。その中で何とか避けたいのが接近カードと、地元ファンの無視である。接近カードとは、同じ相手と、間にひとカード置いてホームとビジターで戦う事だが、避けたい理由は、ローテーションからいって、互いに、まず間違いなく前回と同じ投手の先発となる事。あまりにも近すぎて、ファンから見ると新鮮味に欠ける事。現場はというと、前回の余韻が残ったままの対戦をいやがる。極力努力するようにしている。そして、球場に何ら事情もないのに三開催日(十日)以上本拠地を空ける事。長い間の留守は地元ファンに失礼にあたる。大した決まりごとはないのにままならないのが日程会議。何にしろ、ちょっとした不具合でひとカード動かそうとすると三カ所、四カ所どころか、ひとクールすべてを組み直すケースがある。こうなると、当然次のクールも狂ってくる。また・・・・・・。
 それでも接近カードは組まれる。出席者全員であらゆる角度から検討した結果で、いたしかたなくできてしまった日程だ。そういえば昨年七月中頃、タイガースの対戦相手が中日−巨人−中日−巨人と続いた。完全な接近カードである。一位、二位のチームが相手。ゲーム差はそれなりにあった。ペナントレースの正念場。マスコミは日程作成のミスらしき報道をした。担当者には気の毒だったが、チームは逆にここで生き返って優勝争いをした。日程は前の年の八月終わり頃組まれる。その頃の巨人は弱かった。あくる年のペナントレースなど、この時点で読めるはずがない。
 こんな事があった。初体験の日程会議か。東京へ出張する前、前任者から『来年はゴールデンウィークをとれる年だし、何かあったら議事録に明記してあるはずや』の説明を受けて上京した。会議が始まる。叩き台に目を通す。首をかしげた。第一クール、ゴールデンウィークにはいっているはずの、甲子園球場のカードが無い。話が違う。疑問を抱いて質問した。連盟の返事は『そんな事はない』だった。再度『議事録に載っているはず』と突っ込んでみる。しばらくノートに目を通して『やっぱり無い』ときた。さあ困った。
 『子供の使いじゃあないし、このままでは帰れませんから』開き直って日程の組み替えを申し出た。時間は経過するが事はスムーズに運ばない。挙句の果てに連盟事務局長『このままで何とかなりませんか』ともちかけてきた。そうはいかない。どこかに名案はないものかと叩き台を睨み付けていると、助け舟が出た。『本間さんの言う通りで、来年のゴールデンウィークはタイガースですよ』広島とヤクルトの担当者。無意識のうちに頭を下げていた。本当、感謝しました。ホッと胸をなでおろした。正直、救われました。第一クールの日程入れ替えは、開幕カードとゴールデンウィークが固定されている。一番複雑な仕事だ。午前十一時に始まった会議。なんとこの年。第一クールの組み替えだけで午後六時までかかった。日程作成には三日間を要した。今振り返ってみると、初体験だからできたこと。何度も経験し、超複雑な会議であることがわかっていたら、途中で妥協していたに違いない。知らない強みですかね。
 ある年、星野監督が中日で指揮をとっていた頃、日程作成に不信感を抱いていたのだろう。監督付きの広報を日程会議に派遣してきた。内容確認が目的だったはずだが、昼食後いつの間にか退席していた。複雑極まりない会議。いたたまれず帰ったのだろうが、一チームだけ有利に日程を組むのは無理だと判断しての行動だったはず。会議同様、今回の連載は複雑な内容になりましたが、ご勘弁を・・・。この時代、国内外の出来事に目を向けてみる。大きな出来事が多々あった。昭和天皇崩御で年号が昭和から平成に。歌姫美空ひばりさんの死去。大阪花博。雲仙普賢岳の大火砕流。そして、あの湾岸戦争勃発。ソビエト連邦からロシア共和国へ。タイガースは−。中村勝広監督(現オリックス球団本部長)誕生も、苦しい戦いに。低迷期、唯一光をさした一年があった。
 

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