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月刊タイガース(今月号) > 半世紀回虎録バックナンバー第二十一回
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第二十一回 「久々の優勝争いと亀新フィーバーの喧騒」 [08.5月号掲載]

 1992年。低迷期で唯一フィーバーした年だった。集めたお客さんは『2,853,000人』創設以来最多。勝利に飢えていた虎ファンが勝ち試合を期待して球場へ足を運んでくれた。好調阪神。9月上旬だった。業務担当(試合管理人代行)として、日本シリーズの打ち合わせに上京した。セ・リーグからは阪神以外にヤクルト、巨人の担当者が出席。パ・リーグからは、大差をつけてペナントレースを突っ走っていた西武のみ。主催はコミッショナー事務局。発券業務と球場警備等が話題の中心。幻となって数々の話題を蒔いた『シリーズ入場券』作成のゴーサインが出たのもこの時だった。ムードは盛り上がっていたが、正直いって私。この時点ではまだチームを信頼していなかった。当時数年の戦いぶりを見ている。気持ちのどこかに『いつかは息切れが・・・』タイガースの一員で有るまじき心境でペナントレースを見ていた。
 チームは好調を持続していた。現場を信用していなかったバチが当たった。何と九月九日の広島戦から、一分けを挟んで七連勝。117試合を消化して63勝52敗2分け。勝率が.539。残り試合は15。数字的には絶対優位に立った。目が覚めた。やっと日本シリーズと真剣に向かい合った。チームは遠征に出た。優勝を意識しだしたのだろう。東京ドームの巨人戦に連敗。直接対決のヤクルトにも勝てない。結局は皆さんご存知のとおり、残り15試合の結果は4勝11敗。大チャンスを逃した。業務担当者として悔いが残った。初めから組まれていた日程の中から、雨で中止となって日程からはみ出したカードで、地元甲子園で行われるヤクルト戦を、日程の最後に組み入れた。格好良く、『甲子園で胴上げ』のイメージを抱いて決めたわけだが、選手の気持ちになるなら、もう少し早い段階で本拠地の試合を入れておけば状況は変わっていたかもしれない。大いに『反省』した。
 幻のホームランが出たのもこの年だ。九月十一日、甲子園球場でのヤクルト戦。八木が放った一発。平光審判員の右手がまわった。直接対決、勝利を確信した一打。優勝へ大きく前進するはずが、相手側からのアピールで判定が覆った。二塁打。まさかと思ったが、その『まさか』が起こった。審判員が説明にくる。『打球はフェンスの内側に当たってからスタンドに入った』というが、中村監督、一歩も後へ引く気はない。ガンとしてホームランを主張する。こういう時の『一軍の将たる者』、あくまでも強気でないとチームの士気に影響を及ぼす。簡単に妥協するものなら、選手はついてこなくなる。抗議が長引くのは覚悟したが、試合管理代行の立場は大変だ。
 案の定、収集がつかなくなった。闇雲に時間が経過するだけ。状況を把握するためにベンチを覗いてみた。フロントの役員、職員とも誰一人いない。これでは収まりがつくはずがない。後へ引けなくなっている監督の立場として、試合を続行する場合、『フロントから説得されて、いたしかたなく再開した』ぐらいの逃げ道を与えてやらないと、首は縦に振れない。選手時代、記者時代、フロントマンとして、何度もこういう場面に直面している私には、監督の気持ちはよくわかる。社長、代表にベンチへ出向いて、監督にゲーム再開の言い訳を作っていただくしかない。球場の球団ブースに行き、両役員に事情を説明。監督の説得を依頼した。やっと試合は再開したが、結局は引き分け試合。費やした時間は、何と六時間二十六分。日付は変わっていた。
 外野のラッキーゾーンが取り除かれたのもこの年からだった。プロ野球の醍醐味であるホームランの数が少なくなる。魅力が半減する。観客動員に影響を及ぼす可能性がある。賛否両論。多種多様な意見が百出。話題になったのは確かだが、観客動員数は球団創設以来最多。心配にはいたらなかったが、時の経つのは早いもので、あれからもう十六年。すっかり当時のことは忘れられているが、初めよく目にしたのは、打球が高々と上がってラッキー・ゾーンへ入るホームランは、すべてが外野フライ。野手からすると、ホームランがアウトになる。このギャップ、いたたまれなかったと思うが、私の脳裏をかすめたのは『これで、タイガースからホームラン王は出ない』だった。仮に松井(ヤンキース)が阪神のユニホームを着ていても、タイトルは獲れていないと思う。これでチームの方針ははっきりしたはずだったが、何故か、暗いトンネルに入り込んだまま。
 おかしな現象が起こっていた。亀(亀山)新(新庄)フィーバーが物語る出来事。特にヤクルト戦。試合前からその様子は野球場とは思えない雰囲気。入場券売り場に並ぶファンまさに『ギャル』である。最初は目を疑った。どこかのコンサート会場にでも来たような感じ。お目当ては、タイガースでは亀山、新庄、久慈、山田といったところ。ヤクルトは古田をはじめ、池山、宮本、石井一など。開門と同時に我先に球場入り。当時のイエロー、オレンジシートの最前列からネット越しに黄色い声を飛ばす。確かに女性ファンは増えてはいたが、ここまで、それも若い女性軍団が団体で来場するのは過去にはなかった。お陰といったらいいのか、新庄らが球場からすぐ近くの合宿所へ帰るのにひと苦労した。彼らに言わせると『女性に囲まれて、身動きができなくなる。足を踏んだり、ケガをさせたらいけないので、思い切って振り切れない。もう、ありとあらゆるところを、さわられまくりますわ』である。まともに帰れない。ついには当時の寮長が車で迎えに行き、毎日出口を変更して帰宿したことがある。気の毒に人気者の亀、新。週刊誌に薬物疑惑の報道までされた。
 チームは落ち込んでいく。あの年以来、Bクラスが当たり前。戦力は低下。毎年、一定の期間は互角に戦えても長続きはしない。シーズンを通してコンスタントに力を出せる、実力のある選手がいない。三連敗、四連敗はざら。全員が打てなく、守れなくなる。十連敗、十二連敗もあった。こういう戦力だ。補強は当然即戦力が要求される。補強費には上限があった。この世界、誠意はやはり『お金』である。その年の目玉商品を獲るのは無理。どうしても、そこそこまとまった無難な選手中心の補強になる。小さく、まとまった選手は、チームの柱になれない。本社並びに、フロント役員のチーム作りの方針に間違いがあった。
 役員の考えは、指導方法に問題ありだった。『プロ球界に入ってくる選手だ。いい素質を持った人が入団してくる。しっかり指導していけば力はつくはず』。野球の経験は無い。机の上で構想を描いている人たちだ。こう考えて当然。確かに練習を積み重ねていけばレギュラーにはなれるが、脇役止まり。柱になれる人材とは―。素質に素材がプラスされる。投手なら150キロ前後の速球を投げられる人とか、コントロールを武器にできる素材の持ち主。打者なら、遠くへ飛ばせるパワーを持った人、素晴らしいバットコントロールのできる人等々。他の選手があまり持ち合わせていない特徴を身に付けている人。要するに投手ならエースに、打者ならクリーンアップを担う素材。何年かに一人出るかでないかの逸材は、少々お金をかけても獲得するのがいいチーム作りの基本。特にタイガースの場合、少々のお金を使って補強しても勝てばお客さんを呼べる。思い切った補強のできるチームなのに、いつまでたっても投、打の柱が出てこない。厳しい年が続く中、業務担当として頭の痛いことが・・・。タイガータウン、キャンプ地が転機を迎えていた。
 

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