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本間勝交遊録
[13.11月号掲載]
50人目 桧山進次郎〜その1
“努力”で築いた野球人生

 “五番ライト桧山―。”引退試合、甲子園球場は桧山色一色に染まった。今後も現役を望む人。引退を納得しながらも、別れを惜しむ人。スタンドを埋め尽くしたファンの桧山コールは鳴りやまない。大いに盛り上がった。最後にはグラウンドを二周した。桧山ならではのファンに対しての感謝と気遣いのあらわれだ。当然のように、左中間スタンドに陣取る巨人ファンからも、惜しみない拍手が送られた。努力でつかんだ現在の地位。努力は嘘をつかない、という。人知れぬ努力は強運をも我が物にし、素晴らしい人柄を築いた。
 ヒーヤン(愛称)こと桧山進次郎。縦縞一筋の二十二年。寂しいね。私がフロントマンとしてタイガースに復帰。一緒に戦い、喜び、悲しみを共にしてきた選手が一人、二人と去っていく中、今シーズンはとうとう、代打の神様が現役を引退する。まだ球場で顔を合わせると、人懐っこい笑顔で迎えてくれる選手。今後も野球に携わった仕事をするという。これからも話をする機会はあるだろうが、背番号“24”、私の場合、同期の故・遠井吾郎氏とダブルも、あの縦縞のユニホーム姿が見られないとなると、やはり寂しい。野球人生は紆余曲折、喜怒哀楽。さまざまな出来事が頭に浮かぶだろうが、二度のリーグ優勝を体験した。幸せな虎人生だったに違いない。
 華やかに去っていった桧山だが、ドラフト四位。入団当初はそれほど目立つ方ではなかった。現在の存在は努力の賜物。一軍に定着してからも、ホームグラウンドでの試合日、甲子園球場の旧室内練習場には、いつも早い時間から桧山の姿があった。マシーンを相手に一人黙々と打ち続ける。中途半端な数では終わらない。もう着ているシャツは汗びっしょり。継続は力なり。努力は嘘をつかなかった。技術面だけに留まらず、ウエートトレーニングも欠かさず行ったことが、野球人生の糧となった。ファームから這い上がった。打球を遠くへ飛ばせるバッター。一軍に昇格して四番に座ったが、長続きはしなかった。まだ実力が伴わない。四番バッターというより、四番目のバッター。一シーズンに百個以上の三振を喫した年が三年続いた。中でも最も多かったのは平成九年の百五十個。ネット裏で見ていても、真ん中のストレートを見事に空振りする。『バッティングセンスの問題』そう思わせた時期もあったが、そのイメージは、自分の手で克服した。
 桧山の真骨頂だ。克己を持って己を鍛え、再び四番の座を取り戻すと、平成十三年には二十八試合連続安打という離れ業をやってのけ、二年後の甲子園球場で行われた中日戦では、滅多に見ることのない“サイクル安打”を記録した。まず、真ん中(センター)へ豪快な一発を放つと、次の打席では、左翼線へうまく流し打って二塁打。さらに、右前へシングルヒット。そして、最後のとどめは中越えの三塁打だ。さすがだね。広角打法には定評のある桧山ならではの四安打で達成するところが憎い。向上心も旺盛だ。試合前の練習を自分で創意工夫し、いろいろなアイデアを出して実行していた。ひとつの例をあげるなら、打撃練習では、バッティングピッチャーに一メートルほど前から投げてもらい、速い球への対応を欠かさなかったこと。等々だ。
 弱肉強食―。この世界で生死を分けるのは、レギュラーを奪い取るまでの過程にある。各選手が通る道ではあるが、苦労人・桧山が必死に歩んだ茨の道を想像すると・・・。
 誰もが、桧舞台を目指して懸命に練習をする。ライバルは多数いる。毎日、毎日が勝負だ。一心不乱に野球に取り組む。いやが上にも野球漬けの毎日となる。バッティング―。打っても、打っても一向に首脳陣から受けたアドバイスの感じがつかめない。自分が描くフォーム固めもままならない。技術の向上に近道などあるはずがない。やっても、やってもイメージ通りのバッティングに近付くことすらできない。辛い日が続く。投げ出したくなるような衝動にかられると、精神的に自分で自分に妥協してしまう落とし穴が待ち受けている。気持ちが楽な方向に誘惑されるなら、野球人生はそこで“ジ・エンド”となる。恐ろしい世界だ。
 行き詰ったら、自分自身と戦うしかない。そこから、さらにあと一歩、二歩と創意工夫して努力する。すると、ある日突然『これだ!』というヒントが浮かび上がる。“努力は嘘をつかない”を実証する体験だが、これが、一年かかるか、二年かかるか、それとも五年を要するかは誰にもわからないから厄介だ。ゴールが見えない努力は苦しい。だから挫折する選手が出てくる。ここに到達して初めて一人前として認めてくれる。
 この苦しい過程を突破した男。私が何故こんな小難しい理屈をこねたかというと、これが私のイメージの中のヒーヤンなんだ。次回は努力と人柄で築きあげた強運の桧山選手を―。

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