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(岡田監督)
―1978年創刊の月刊タイガースはこの号で創刊30周年ということになります。岡田監督はその翌年のドラフトでタイガースに入団。月刊タイガースとほぼ同じだけの30年近く、タイガースの歴史を作ってこられたわけですが、この昔の月刊タイガースをご覧になっていかがですか?
もう何回も見ているからね。最近でもこの昔の月刊タイガースを僕のところに送ってきて、サインが欲しいと言うてる人もいたし。それだけ昔から見ている人もいるということやね。
―ドラフトでは6球団による競合でしたよね。その時、タイガースに選ばれてどういう感想を持っていたか憶えていますか?
もちろんファンだったけど、当たればどこの球団でも行くつもりだったからね。逆指名や希望枠、自由枠みたいなものももちろんなかったし。当時は何人か入団拒否というのもあったけどね。6球団のうち関西が4球団、それはこちらに帰ってきたいという気持ちもあったし、どこでもよかったというか・・・。あとはヤクルトと西武、ヤクルトは神宮で馴染みもあるし、西武も前の年にプリンスホテルができたばっかりでチームとしての流れ的にも悪くなかったしね。そこで阪神に当たったというのもやっぱり運命かなというのは感じたね。
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(平田ファーム監督)
―月刊タイガースは30年、平田監督はタイガースに入団されてから27年目になるわけですが、昔の自分を見てどうですか?
うわー!若いねー、本当に。この写真、たしか今でも実家にありますよ。いやー、若いし希望に満ち溢れてますね(笑)。
―創刊されたのが1978年、その時平田監督は明治大学の1年生。初めて東京に出てきて、その時に平田青年が考えていたことはどんなことでしょう?
まず東京の人の多さにびっくりしていましたね。長崎の田舎から出てきて、その時僕は東京の空はスモッグでいつも曇ってるって思ってましたからね(笑)。そんなことはなかったですけど。本当に田舎ものでしたからね、見るもの聞くものみんな初めてでしたから。希望とかよりは不安で一杯でしたね。東京でやっていけるんだろうか?ましてや全国から選手が集まってきている明治大学の野球部で、というのもあったし。 |
この特別インタビューの完全版は
月刊タイガース3月号(3月1日発売)3〜8ページで!
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